鏝絵のルーツ

鏝絵のルーツ 

左官の名工 伊豆長八(いず ちょうはち)



 伊豆長八(1815~1889)は本名を入江長八といい、伊豆の国松崎村明地(現静岡県賀茂郡松崎町)で農家の長男として生まれた。7歳のときから浄感寺塾に通い、近所の子供たちと読み書きを学んだ。12歳になった長八は塾をやめ、同村の左官棟梁、関仁助(にすけ)に弟子入りし、左官の修行を積んだ。
 19歳のとき、江戸へ出て喜多武清(きたたけきよ)に狩野派の絵を学んだ。そして、左官の技術と絵の画法を組み合わせた「漆喰鏝絵」という独自の分野を築き上げた。明治22年75歳で生涯を閉じるまでに、浅草観音堂や目黒祐天寺、成田山不動尊など各地に名作を残し、鏝で「伊豆長八が日本一」と全国でその名が賞賛された。しかし、関東大震災で東京の作品のほとんど焼失してしまった。出生地松崎には数多くの長八作品が点在し保存されている。
 

伊豆長八の作品の魅力は、
①作品制作後100年以上経っても色の変化が少なく、きれいに残っている。
②風景や人物の大きさのバランスが良い。
③構図に遠近法がとられている。
④少しの漆喰で、立体強調されている。 など、見る人によって感じ方多様である。

などなど、多くの魅力的な魅力が数多くあり、余村と石橋も魅了されている所存であります。


水天宮:緇井鶏子:So-netブログより引用

【参考文献】
http://www.izu-matsuzaki.com/ 松崎町振興公社
『井上厚史ゼミ ~2012年度石州左官・鏝絵調査報告書~』