井沼田 助四朗(いぬまた すけしろう) 1845~1929

  • 1845年生まれ。馬路の大工屋である井沼田家に養子に入る。日露戦争のとき、広島に大本営が設けられ彼は左官職人の一人として設営工事に参加した。その栄誉を担って立派な仕事を残した。同じ馬路出身の松浦栄吉と14歳上であったものの、同時代を生きた人であり、ともに腕利きの左官職人として高い評価を得ていた。ある現場で助四朗と栄吉が一緒に仕事をすることになった。二人は足場の上で同じ条件のもとにその腕を競うことになった。その仕事を仕上げたのはほとんど同時で引き分けだったが、栄吉の方が一瞬早く足場から飛び降りたという。このエピソードから両者の腕が伯仲していたことを物語っている。
                                                                                  
                             <つがいの鶴 井沼田家>           


                                 <牡丹に唐獅子>
井沼田家 牡丹に唐獅子



鏝なみはいけんhttp://www.kotenami.jp/index.html
島根県立大学総合政策学部 井上厚史ゼミ3回生 2012年度石州左官・鏝絵調査報告書参照