◎中村ブレイスについて
 中村ブレイスは昭和49年(1974年)12月20日に中村俊郎社長が創業しました。アメリカでの留学・研修を経て、大田市大森町にUターンしてただ1人での起業でした。創業当時の大森町は人口650人で、自宅前のわずか10坪の納屋を改装したりと厳しい状況でのスタートでした。しかし、人々の元気の「もと」となることを願い、また過疎化のすすむ史跡”石見銀山”の再生の一助となればと努力を続けてこられました。昭和57年(1982年)には法人化(株式会社)し、日本国内の医療機関・義肢装具製作会社、さらには海外の多くの国々とも交流するまでになりました。従業員73名で、北海道や横浜など全国各地から多くの人が中村ブレイスで仕事をしておられます。
  中村ブレイスの出世作は人口乳房「ビビファイ」というシリコーンゴムでできたものです。年間1万人の女性が乳がんで乳房を失っており、そのような女性たちが中村ブレイスで作った製品で生きる希望を見出だしてくれたらという思いで作られました。人口乳房は多くの女性に利用され、その蓄積された技術をもとに人口乳房開発の3年後に乳房以外の体のパーツづくりに乗り出し、人口乳房だけでなく多くの装具が人々に利用されています。

中村ブレイスで作っている装具の一部です。上の写真のように本物のような素晴らしい装具を作っているのが中村ブレイスです。下の写真は義肢を作っている様子です。



 
 


◎銀山と中村ブレイス
 中村ブレイスでは、2007年~2011年の間毎年、本社の周辺やメディカルアート研究所の清掃活動を実施しています。石見銀山をきれいに保とう、観光客に気持ち良く来てもらおうと活動されています。また、中村ブレイスから出るゴミを削減するために金属・プラスチック・段ボールなどのリサイクル推進に取り組んでいます。また、銀山内には中村ブレイスに来られたお客さんが宿泊できるゲストハウス「ゆずりは」があり、2012年の秋に完成しました。ここに泊まればゆっくり観光ができ、大学生が調査のために泊まることができます。
「ゆずりは」についてはお店・休憩・宿泊のページで紹介しますので、ぜひ見てください(^O^)

 
 


参考サイト:http://jmf.or.jp/monodzukuri02/16.html