歴史


発祥地:島根県安来市荒島

明治以前、天保時代の稲作では稲を育てるとき「ねぐされ」「稲熱病」といった稲の病気で、昔から米ができない原因の一つになっており、稲熱病にかからない方法を考えることが大切になっていた。また、百姓は、どんなに米のできが悪い年であっても、必ず年貢を納めなければない状態であった。
百姓と集められた年貢の管理をする役目である「郷蔵番]を勤めているの家に生まれた廣田亀治は年々郷蔵の仕事を続けていくうちに、米を見る目ができて、稲の品種改良をし始めるようになった。
明治8年(1875)、廣田亀治の稲の品種改良によって出来たお米の由来で「亀治」が誕生した。

県内のほか全国的に広まっていき、東北・北陸を除く気候の暖かい地方を埋め尽くした。
しかし、その後コシヒカリなどの新たな品種が全国的に作られ始めると、「亀治」は年々作られなくなってしまった。

しかし、
2002年1月 井上厚史ゼミで「亀治」をもう一度復活させようと取り組んでおられる三浦尚さんとともに安来市を訪れ、平井酒店の平井さんから「亀治」の種を頂いた。
2003年   室谷棚田で「亀治」復活へ始動した。